2015年6月5日、マレーシアのキナバル山で地震が発生。
マグニチュード6.0。
山の斜面では大規模な土砂崩れが発生し、18人が命を落としました。犠牲者の中には、遠足で訪れていたシンガポールの小学生たちも含まれていたと言います。
地震から数日後、現地の先住民族カダザン・ドゥスン族の長老たちは、「山の精霊アキが怒った。あの外国人観光客たちが、聖なる山頂で不敬な行いをしたからだ」との声明を出しました。
その原因は観光客。
実は地震の6日前、欧米からの観光客10人がキナバル山の山頂で全裸になり、写真を撮影していたのです。地元のガイドが止めるのを無視して。
これを受けて、マレーシアのサバ州副州知事も公式の場でこう述べています。
「精霊への不敬の報いだ」。
そして部族は「ソギット」と呼ばれるお詫びの儀式を執り行い、山の精霊に謝罪しました。
逮捕された観光客たちは、裁判の場で「知らなかった」と主張しましたが——それが、免罪符になることはありませんでした。
東南アジアには、日本の稲荷神社のお狐様と同じように、「怒らせてはいけない存在」が、今も確かにいます。
【世界の禁忌シリーズとは】
日本の神仏や禁忌を入り口に、世界各地に伝わる「場所の力」「自然の怒り」「見えない存在への畏れ」を文化として紹介していく連載です。
第1回「日本だけじゃない。世界中に『怒らせてはいけない存在』がいる」
第2回「返しに行きました―ヨーロッパの禁忌を破った人たちの実話」
第一章 マレーシア―山の精霊を怒らせたら、山が揺れた
📰 報道済みの実話
キナバル山は、マレーシア・ボルネオ島にそびえる標高4095メートルの山。ユネスコ世界自然遺産にも登録されており、登山者に人気の観光地でもあります。
しかしその一方、この山は先住民族カダザン・ドゥスン族にとって「祖先の魂が眠る聖なる山」として敬われてきました。
この山には「アキ」と呼ばれる精霊が宿り、山頂での不敬な行いは精霊の怒りを招くと、何世代にもわたって伝えられてきたのです。
観光客が全裸になった6日後に
2015年5月30日、カナダ・オランダ・ドイツ・イギリス出身の観光客10人が、ガイドの制止を無視して山頂で全裸になり、写真をSNSに投稿しました。
6日後の6月5日、山の麓でマグニチュード6.0の地震が発生。
土砂崩れが登山道を飲み込み、18人が死亡しました。犠牲者の中にはシンガポールの小学生と教師も含まれていました。
先住民族は即座に「山の精霊が怒った」と述べ、サバ州副州知事も「精霊への不敬の報いだ」と公式に発言。
逮捕された4人の観光客は数週間後に国外退去となりましたが、部族は彼らを待たずに儀式を始めました。
山の精霊を鎮めるための「ソギット(お詫びの供え物)」の儀式が、厳かに執り行われたのです。
「知らなかった」は通じなかった
「神聖な場所とは知らなかった」。観光客たちはそう主張しました。
でも、ガイドは止めていましたし、地元の人々も「やめなさい」と伝えていたんですよね。
精霊による怒りの言葉は、地震という形で返ってきたのかもしれません。
それが偶然だったのか、そうでないのかは、誰にも断言できませんが…
ただ、先住民族が何百年もかけて伝えてきた「この山には触れてはいけない力がある」という警告の重さは、世の中に広く知られることとなりました。
第二章 インドネシア・バリ島―霊木を汚した者に、神々の怒りが降り注いだ
📰 報道済みの実話
バリ島は、毎年多くの日本人旅行者が訪れる人気のリゾート地。
青い空、美しい棚田、華やかな伝統舞踊——その魅力の奥には、島全体を包む深い信仰があります。
バリ島の人々が信仰する「バリ・ヒンドゥー」では、自然のあらゆるものに神が宿ると考えます。
木、石、山、川——すべてが神の住まいです。
中でも「霊木(ポーホン・ケラマット)」と呼ばれる古木は、強い神霊が宿る特別な存在として、代々大切に守られてきました。
樹齢700年の霊木で何が起きたか
2022年、タバナン県の寺院境内にある樹齢700年のバンヤンツリー(霊木)のそばで、ロシア人のインスタグラマー夫婦がヌードヨガの写真を撮影し、SNSに投稿しました。
写真が拡散されると、バリ島のヒンドゥー教徒たちの怒りが殺到。
「神の宿る木を冒涜した」
「バリの神々への侮辱だ」
という声が島中に広がり、大きな社会問題になりました。
当局は夫婦を強制送還し、「清めの儀式への参加」を義務付けました。神職者によるお祓いなしには、彼らは島を去ることを許されなかったのです。
翌2023年には別のロシア人観光客が同様に聖なる木でヌード撮影を行い、再び強制退去となりました。
この事件は、AFP・FNN・朝日新聞などの主要メディアが「神聖な木への冒涜」として大きく報じています。
バリ島州知事は「聖地を汚す不良外国人は容赦なく強制送還する」と宣言し、2025年には観光ガイドラインを大幅に厳格化。
違反者には罰金・強制退去・入国禁止が科せられるようになりました。
バリ島に根付く「タナロット寺院の呪い」
📖 地域に伝わる謂れバリ島にはもう一つ、観光客の間でひそかに語り継がれてきた言い伝えがあります。
海岸の岩礁の上に建つ「タナロット寺院」を未婚のカップルで訪れると、別れることになる——という言い伝えです。
これはバリ・ヒンドゥーの伝承に基づくもので、「不誠実な関係にある者は、寺院の神に見透かされる」という信仰から生まれました。
現地の寺院関係者は「神聖な力がそこにあるのは確かだ。ただし別れるのは、最初から縁がなかった証かもしれない」と語っています。
公に取り上げられた事件があるわけではありませんが、観光客の間で語られ続ける言い伝えとして、今も生きています。
第三章 タイ―精霊の家は、動かしてはいけない
📖 地域に伝わる謂れ
タイを旅すると、街のあちこちに小さな祠(ほこら)が置かれていることに気づきます。
ホテルの玄関、
コンビニの駐車場の角、
交差点の脇
——どこにでも、花や線香、ジュースが供えられた祠があります。
これは「サーン・プラ・プーム」、「精霊の家」と呼ばれるものです。
タイの人々は、土地にはそれぞれ守り神(精霊)が宿ると信じていて、建物を建てるときは、精霊のために祠を設け、毎日手を合わせて感謝を伝えます。
そして、精霊が不満を持つと「ピー(悪霊化した土地神)」となって、その場所に住む人や訪れる人に災いをもたらすとされてきました。
絶対に動かしてはいけない理由
精霊の家には、旅行者が最もやってしまいがちな禁忌があります。
それは、「邪魔だから」と勝手に動かすこと。
タイでは、精霊の家を移動させることは極めて重大な行為とされていて、もし移動が必要な場合は、僧侶を呼び、吉日を選んで正式な儀式を行わなければなりません。
儀式なしに動かした者には、一生分の不運が訪れるとも語り継がれています。
タイの精霊信仰に詳しい研究者によると、「観光客が興味半分で祠に触れたり、移動させたりするというニュースを聞くと、タイ人の心は深く傷つく」といいます。
それはマナーの問題を超えた、精霊への直接の冒涜とみなされるからです。
タイの木の精霊「ナーンタキアン」
精霊の家のほかに、タイには「木の精霊」への信仰も根付いています。
「タキアン」という木には、「ナーンタキアン」と呼ばれる美しい女性の精霊が宿っていて、木が傷つけられたり無礼な扱いを受けたりすると、怒りを抱くと伝わっています。
そのためタイでは、この木を用いて家や船を造ると守護が得られると信じられてきた一方で、勝手に傷つけることは厳しく戒められてきました。
木の周りで無礼な行いをした者が不運に見舞われたという話は、今も地方の農村で語り継がれています。
第四章 ミャンマー―ナット(精霊)の森で笑ってはいけない
📖 地域に伝わる謂れ
ミャンマーは仏教国として知られていますが、仏教が伝わるはるか以前から「ナット信仰」と呼ばれる精霊崇拝が根付いています。
ナットとは、山、川、大木、土地など、自然のあらゆる場所に宿る精霊のこと。
ブリタニカ百科事典では「ナットは、正しく崇められれば守護者となるが、冒涜されれば怒り、害をなす」と記されています。
ミャンマーには37体の主要なナットが伝わっており、それぞれが特定の場所や現象を司ります。
特に「ヨッカソ」と呼ばれる木のナットは、木を傷つけたり、許可なく伐採したりすると怒りを買うと恐れられてきました。
ミャンマーの聖なる森で起きたこと
ミャンマー取材を続けたジャーナリストの記録には、こんな話が残っています。
ある村の近くに「精霊の森」と呼ばれる聖域がありました。
地元の人々は森に入る前に必ず許可を求め、笑い声を上げることも、下品な言動も厳しく戒めていました。「精霊が侮られた」と感じると、罰を与えると伝わっていたからです。
村人の一人は、その森でみだらな行いをしたカップルについて、「2人はその後、子どもに恵まれなかった」と語っています。
また、ミャンマー・マンダレー大学の心理学名誉教授は取材に対して、「祠の前で排尿した若者が、精神的に崩壊した例を私は知っている」と答えていました。
これらは新聞記事になったわけではありません。
しかしミャンマーでは、こうした話が村から村へと語り継がれることで、何百年もの間、聖なる場所への敬意が守られてきたのです。
ミャンマーで守られてきたこと
| してはいけないこと | 謂れ |
|---|---|
| 聖なる木を傷つける・伐採する | 木のナット(ヨッカソ)の怒りを招く |
| 精霊の森で笑う・騒ぐ | 精霊を侮る行為とみなされる |
| 神聖な場所で不貞を働く | 精霊の罰として子に恵まれないとされる |
| 祠や供え物を粗末にする | ナットが保護から加害に転じる |
| 許可なく神聖な木の枝を折る | 精霊への無断の侵害にあたる |
第五章 カンボジア―神の怒りを買ってはいけない場所
📖 地域に伝わる謂れ
カンボジアのアンコールワットは、12世紀に建てられた世界最大の宗教建築。毎年多くの日本人旅行者も訪れ、その壮大さに息をのみます。
しかし地元の人々にとっては、アンコールワットは単なる観光地ではありません。ヴィシュヌ神をはじめとするヒンドゥーの神々が宿る聖域であり、今も生きた信仰の場なのです。
そんなアンコールワットには、現地に古くから伝わる言い伝えがあります。
「遺跡を軽んじた者は不運に見舞われる」
「アンコールの神々を怒らせてはならない」
——観光ガイドたちは、この言葉を今も旅行者に伝え続けています。
特に「夜の遺跡には近づいてはいけない」という禁忌は、昼間とはまったく異なる霊的な雰囲気を持つ遺跡の性質と深く結びついています。
「夜は神々が動く時間」
「暗闇の中で神域に立ち入ることは、神への無断侵入だ」
という考え方が、根底にあります。
また、遺跡の石や破片を「記念に」持ち帰る行為も、古くから戒められてきました。ウルルやポンペイと同じように、「神の領域の一部を勝手に持ち出す行為」は、神への冒涜とみなされるのです。
アンコールワットでは公に取り上げられた「呪われた」事件があるわけではありません。
しかし、カンボジアの現地ガイドたちが繰り返し旅行者に伝えるこの言い伝えには、何百年もの時間と、数えきれないほどの「敬意」が積み重なっています。
第六章 ベトナム―かまどの神様と祖先の霊は、今も家にいる
📖 地域に伝わる謂れ
ベトナムは、仏教・儒教・道教・民間信仰が複雑に混ざり合った独自の精神文化を持つ国です。その根底にあるのが「祖先崇拝」と「神々との共存」です。
多くのベトナムの家庭やお店には「祭壇」が設けられていて、先祖の写真や位牌、果物や線香が供えられ、毎朝手を合わせるのが日常の習慣となっています。
また「オンタオ(かまどの神様)」と呼ばれる神は、家の中に住んで一年の善悪をすべて天に報告すると信じられています。
そして、家を訪ねた旅行者が、知らずに祭壇の前に荷物を置いたり、不敬な言動をとったりすることは、神への無礼にあたると考えられているのです。
具体的に騒動になった事件が取り上げられているわけではありませんが、現地では「祭壇は神聖な空間。訪問者はまず祭壇に挨拶してから家に入るのが礼儀」という考え方が今も根付いています。
ベトナムの家に招かれた場合は、この意識を持つだけで関係が大きく変わるかもしれません。
東南アジア 禁忌と謂れ まとめ早見表
旅行前の確認にお使いください。
| 国・地域 | 精霊・信仰 | してはいけないこと | 謂れ・根拠 |
|---|---|---|---|
| マレーシア (キナバル山) | 山の精霊アキ | 山頂での不敬な行為 | 精霊の怒り→地震発生 (2015年、副州知事も公式発言) |
| バリ島 (霊木) | バリ・ヒンドゥーの神 | 霊木を傷つける・冒涜する | 住民の怒り・強制退去・清めの儀式 (2022〜2023年、AFP報道) |
| バリ島 (タナロット) | 寺院の神 | 未婚カップルで訪れる | 別れの呪い (古来の言い伝え) |
| タイ | 土地の精霊 (ピー) | 精霊の家を無断で動かす | 精霊が悪霊化し災いをもたらす (文化的事実) |
| タイ | ナーンタキアン | タキアンの木を傷つける | 木の精霊の怒りを招く (民間伝承) |
| ミャンマー | ナット (精霊) | 聖なる森で笑う・不貞を働く・祠を汚す | 精霊による罰 (取材記録・口承) |
| カンボジア | ヒンドゥーの神々 | 遺跡の石を持ち帰る・夜間に近づく | 神の怒りを買う (現地の言い伝え) |
| ベトナム | 祖先の霊・かまどの神 | 祭壇を粗末にする・不敬な言動をする | 神への無礼 (文化的慣習) |
共通していること――「見えない存在」は今も、そこにいる
マレーシア、バリ島、タイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナム。
国も宗教も言葉も違います。でも、どこでも同じことが語り継がれています。
「この場所には、人間の理屈を超えた力がある。敬って接しなさい」
日本の稲荷神社でお狐様を怒らせてはいけないように、キナバル山では山の精霊アキを、バリ島では霊木の神を、タイでは土地の精霊を
——怒らせてはいけない存在が、東南アジアにも確かに息づいています。
第1回でご紹介した稲荷の竹事件、第2回のスコットランドやポンペイの話と、構造はまったく同じです。
聖なる場所がある、してはいけないことがある、破ると報いがある。
旅先で「なんとなく気になる」「なんとなく怖い」という感覚を覚えたなら、立ち止まってみましょう。
その感覚は、あなたを守ろうとする何かのサインかもしれません。
旅先での体験が、心に引っかかっていませんか?
「あの場所で感じた違和感が、ずっと頭に残っている」
「あのとき何かをしてしまった気がする」
——そんな気持ちを抱えたまま、ひとりで考え込んでいませんか。
猫ママのメールタロット鑑定では、今のあなたの状況をカードとともに丁寧に読み解いていきます。
よくある質問

- Q東南アジアの精霊信仰は、日本の神様への信仰と似ていますか?
- A
構造は驚くほど似ています。
聖なる場所や存在がある、してはいけないことがある、冒涜すると報いがある、誠実に謝ることで許しを得られる
——この四つの要素が、日本の稲荷信仰にも、タイの精霊信仰にも、ミャンマーのナット信仰にも、共通して見られます。
文化や宗教が違っても、「見えない存在への畏れ」という人類共通の感覚は、どこにでも根付いているようです。
- Q知らずに禁忌を犯してしまったと気づいたら、どうすればよいですか?
- A
世界中の禁忌に共通する答えは「誠実に謝ること」です。
タイでは手を合わせて一礼する、バリ島では清めの儀式に参加する、キナバル山では部族のお詫びの儀式があります。
言葉が通じなくても謝る姿勢は伝わると、現地の多くの方が語っています。気づいたときに、できる範囲で誠実に対処することが大切です。
- Q東南アジアを旅行する前に、何か準備しておくべきことはありますか?
- A
訪れる国の「基本的な禁忌を一つだけ」調べておくことをおすすめします。
タイなら「精霊の家には触れない」、バリ島なら「チャナン(供え物)を踏まない・サロンを持参する」、ミャンマーなら「寺院や自然の聖域での振る舞いに気をつける」
——たった一つ知っているだけで、現地でのふるまいが変わります。敬う気持ちは、どの国でも通じます。
- Q「精霊の家」など、旅先で見かけた神聖なものに触れてしまったらどうすればいいですか?
- A
すぐに手を合わせて、心の中で謝ることをおすすめします。
「知らなかった、申し訳なかった」という気持ちを心から伝えることが、どの国の精霊信仰においても「基本のお詫び」とされています。
もし気持ちが落ち着かないようであれば、その場所に少しの間立って、静かに向き合ってみましょう。
- Q子どもを連れて東南アジアを旅行しても大丈夫ですか?
- A
もちろん大丈夫です。
「なぜここで静かにするのか」「なぜこの木には触れないのか」を子どもと一緒に話しながらの旅は、とても豊かな体験になります。
大人が敬う姿を見せることが、子どもへの最良の文化教育になるでしょう。
まとめ――「知らなかった」で済まされないかもしれない場所が、東南アジアにはある

キナバル山の精霊は、「知らなかった」という言い訳を聞いてくれませんでした。
バリ島の霊木の神も、「芸術的な目的だった」という説明を受け入れてくれませんでした。
それが偶然なのか、本当に精霊の力が働いたのかは誰にもわかりません。でも、何百年もの間語り継がれてきた言い伝えには、それだけの重みがあります。
東南アジアは、日本人にとって身近な旅行先です。でも、その温かさの奥には、今も生きている「見えない世界のルール」があります。
旅に出る前に少しだけ知っておくこと。それが、旅をより豊かにするだけでなく、自分を守ることにもつながるのかもしれません。
次回の「世界の禁忌シリーズ」もどうぞお楽しみに。
【世界の禁忌シリーズ】
第1回「日本だけじゃない。世界中に『怒らせてはいけない存在』がいる」
第2回「返しに行きました―ヨーロッパの禁忌を破った人たちの実話」
第3回:東南アジアの精霊は、今もそこにいる―知らずに犯した禁忌の実話と、知っておきたい謂れ(本記事)
